広島の中山間地から、日々の暮らしと自然をお伝えします


by keikonosato

正力祇園社〜戸島の昔と今 その2〜

e0149157_4241062.jpge0149157_4242852.jpg祇園社へはバスを降りて坂道を歩き、石段を登り、よく手入れをされた社叢につきます。
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周辺の手入れを続けていらっしゃる方のご好意で、焚き火を囲んで、地域の方による楽しいガイドがありました。要約してみます。
この幟には天保15年とありますが、現存する資料によると正徳六年(1716年)作成の絵地図に掲載されているので、それ以前の創建であろうとのことです。
祭神は京都八坂神社(京都祇園社)、主祭神はスサノオノミコト(天照大神の弟)。神主さんは「正力神社」と祝詞奏上されるが、地域の人達は「祇園さん」と呼んでおられるとか。
この近くには、江戸時代「赤柴千軒」という鉱山があり、鉄(金・銅の説もある)が産出し、かなり栄えた集落があったようである。説明者の資料によると、この地域に終戦直後は13軒(約60人)が住まわれていたとある。しかし現在は6軒(10人)と、過疎化が進んでいる。そんな状況なかで、善意の方により、社殿及び社叢が見事に護られていることに、敬虔の思いを抱いて下山しました。
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by keikonosato | 2009-12-01 06:07